東京・世田谷区・下北沢の金子ボクシングジムは健康的に痩せるダイエットのエキスパートです

TEL.03-3460-8353

〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-23

ジム概要
 
金子ジムの三角形ロゴマークには
Spirit(精神)・Technique(技)・Body(体)
のバランスのとれた選手育成という指導理念が込められています。
(財)日本ボクシングコミッション(JBC)認定
日本プロボクシング協会(JPBA)加盟
(社)日本ボクシング連盟(JABF)加盟
ジム創立
1965年(昭和40年)4月
法人設立
1980年(昭和55年)10月  株式会社金子プロモーション設立
所在地
〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-23
最寄駅
小田急線・井の頭線 下北沢駅 (南口下車約5分)
営業時間
月曜日~金曜日 午後1時~午後10時
土曜日      午後1時~午後9時
日曜日・祝祭日 午後1時~午後5時
休日 
夏期休業(お盆休み1週間程度) 
冬期休業(年末年始1週間程度)
※当ジム主催試合やプロ選手試合当日等、特別な事情により営業時間を変更する場合がございます。
設備 
◆男女各ロッカー室、シャワー完備
◆ボクシングリング◆サンドバッグ◆パンチングボール(シングル・ダブル)
◆トレーニングマシン(ステッパー・バイク)◆バーベル・鉄アレイ・腹筋ベンチ
◆練習用グローブ・ヘッドギア・ノーファールカップ◆ロープ(縄跳び) 等
試合
「ゴールデンチャイルドボクシング」シリーズ自主興行を年間4回以上実施   2015年5月現在114回を数えます。
試合チャンスを多数作り、選手の育成において多くの実績を残しております。

※「ゴールデンチャイルド」の名称由来は、金子を金の子供「金=ゴールド」「子=チャイルド」と直訳し、そこから「ゴールデンチャイルド」と名付けました。また、「ゴールデンチャイルド=Miracle Boy(奇跡の子)」という意味も込め、将来のある若いボクサーを中心により多くの試合機会(チャンス)を提供しようという狙いがございます。
会員規約

【規約概要】
●当ジムはボクシングを通じて健全な肉体と健全な精神を養い、会員のボクシング技術の向上と健康増進を目的とする。
●入会時に既往症の申告を行うこと。(特に大病や交通事故等の経験がある場合は必ず申告すること)
●未成年者は、必ず保護者の同意を得た上、保護者の署名捺印のある入会申込書を提出すること。
●過去に他ジムにおいて練習経験のある者は必ず申告すること。
●会費は滞納せずに、期日までに必ず納入すること。
●会員証は大切に保管し、毎回ジムに持参する事。
●住所・電話番号等に変更が生じた場合は、速やかに申告すること。
●練習中及び試合中の事故や怪我について、ジムは補償責任を一切負わないこととする。
●プロテストに合格した者は、当ジム所属選手としてマネージメント契約をすること。
●ジムの名誉を著しく汚したり、本規約に反する行為のあった者は除名処分とする。
●本規約は、社会情勢・ジムの都合等により、変更する場合がある。

【会費について】
●会費の納入は前納とし、金融機関口座からの自動振替により毎月26日に翌月分を引落すこととする。
(入会時にジムにて自動口座振替の申込み手続きをおこなう)
●事情により口座からの自動振替が困難な場合「現金」での納入を特例として認めるが、必ず前納すること。
●自動口座振替手続が終了するまでの初めの2ヶ月間は、現金をジムへ持参すること。
●残高不足等で振替が出来なかった場合は、速やかに現金をジムへ持参すること。
●会費はジムの利用・練習の有無にかかわらず、必ず納入すること。
●退会・休会は前月末日までに申請すること。
●休会は、1ヶ月単位としその間は継続会費を納入すること。
●入会金・会費等は、原則として一切返却しないものとする。

【会員心得】
●スタッフはもとより、会員同士とも互いに挨拶を交わし、心地よい人間関係を築くこと。
●会員、選手は指導者の指示に従い、規則正しい練習と、規律あるジムの運営に協力すること。
●会員、選手は、喧嘩等のトラブルに巻き込まれないよう品位ある生活態度を心がけること。
●体調が優れない場合は指導者にその旨を伝え、無理をしないこと。
●スパーリングは必ず指導者の立ち会いの下で行い、絶対に無断で行わないこと。
●ジムの練習用具は大切に扱い、持ち出しは一切禁止とする。
●練習用具、貴重品等私物が紛失してもジムは補償責任を一切負わないこととする。
(高価な金品は持って来ないように心がけ、ロッカーには必ず鍵をかけること)
●ご不明な点は、お気軽にお問い合せください。

(平成25年2月12日改訂)
 創設者略歴
故  金 子 繁 治
 (かねこ しげじ)


1931年(昭和6年)8月13日生れ
新潟県燕市出身
戦績:71戦54勝(33KO)10敗1分6EX


第2代 東洋フェザー級チャンピオン
(現OPBF東洋太平洋)

1953年(昭和28年)12月初代王者ラリー・バターン(比国)を4回KOで下しタイトル獲得。日本人初の東洋チャンピオンとなる。以後6度の防衛後、網膜剥離の為タイトルを返上して引退。この間、最優秀選手賞2度(S30・S31)、殊勲賞(S28)、敢闘賞(S29)、年間最高試合賞3度(S28・S29・S31)受賞。

19歳で単身上京し、笹崎ジムの内弟子となって「槍の笹崎」こと故・笹崎僙先生の指導を受ける。新人王はチャンピオンになれないという、当時のジンクスも破ってみせた。左フックを得意とする「魅惑のハードパンチャー」として人気も高く、一時代を築いた。後の世界チャンピオン、比国の英雄フラッシュ・エロルデには4戦全勝。世界チャンピオン、サンデー・サドラー(米国)とのノンタイトル戦には敗れたが評価を上げた。当時唯一の世界王者認定団体NBA(WBAの前身)のランキングでは最高6位にランクされたが、世界挑戦は実現せず、3度目の網膜剥離により引退を決意した。引退後、後楽園スタジアム内ボクシングジム(現東京ドーム)に勤務、1963年(株)田辺ボクシングジム設立と同時に代表兼マネージャーに就任。1964年同社を円満退社の後、1965年下北沢の地に「金子ボクシングクラブ」を設立。現役時代から「真面目なクリスチャンボクサー」としても有名で、温厚な性格と紳士的な行いで、業界内外からも多くの支持を受けている。静かなる中にも強い闘志を持ち合わせ、指導者としても多くのチャンピオンを輩出した。ボクシングでの選手育成を青少年育成の社会教育と捉え、揺ぎ無い理念に基づいてジムの運営にあたってきた。2011年頃から「進行性核上性麻痺」という難病を発症し、2016年1月2日家族に見守られながら穏やかにこの世を去った。→金子繁治(ウィキペディア)